浮気のあとの関係は修復できるのか──ゴットマン・アトーンメントモデル

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公開 2026-04-07

裏切りのあと、関係は終わるしかないのか。ゴットマンのAtonement-Attunement-Attachmentモデルと、ペレルの「2番目の関係を同じ人と始める」という視点から、修復の可能性と限界を考える第9回。

修復は可能かもしれないし、不可能かもしれない。その判断のための構造を、ゴットマンとペレルの臨床知見から整理する。

裏切りの後に残るもの

浮気──あるいは「不貞」「裏切り」「インフィデリティ」。どの言葉を使っても、その核心にあるのは同じです。信頼が壊れた。二人の間にあった「あなたは、私に対してこうしてくれるはず」という暗黙の契約が、一方的に破られた。

このシリーズの第6回では、ペレルの浮気類型論(欠乏型・自己探索型・存在論的逃避型)と、裏切られた側に生じる「裏切りトラウマ」の構造を見ました。この回では、そこから先──壊れた関係は修復できるのか──という問いに、臨床研究の知見から踏み込みます。

最初に明確にしておくべきことがあります。修復は義務ではありません。裏切りの後に関係を終了することは、完全に正当な選択です。修復を選ばなかったから弱いのでも、修復を選んだから強いのでもない。ここで述べるのは「修復を選んだ場合に、それがどのようなプロセスを要するか」であり、「修復すべきである」という主張ではありません。

ゴットマンのトラスト・リヴァイバル・モデル

ジョン・ゴットマンとジュリー・ゴットマンは、40年にわたるカップル研究をもとに、裏切りからの回復を3つのフェーズとして構造化しました。「Atonement(贖い)」「Attunement(同調)」「Attachment(愛着の再構築)」の3Aモデルです。

このモデルの最大の特徴は、修復を「許す/許さない」の二択ではなく、明確なステップを持つプロセスとして記述した点です。「許す」という曖昧な概念に頼るのではなく、各段階で何が必要かを具体化しています。

第1フェーズ:Atonement(贖い)

第1フェーズの主役は裏切った側です。そしてこのフェーズの核心は、「もう終わった」「大したことではなかった」と早期に収束させようとする衝動に抗うことにあります。

裏切った側に必要なのは、以下のことです──

不貞行為の完全な終了。第三者との関係の断絶。「友達としてなら」という曖昧な継続は、このフェーズを無効にします。裏切られた側にとって、第三者との接触が物理的に続いている状態では、安全の回復は不可能です。

透明性の提供。裏切られた側は、起きたことの全体像を知る必要があります。何が起きたか、いつから始まったか、どこまで進んだか。──ゴットマンの臨床知見では、「知らない方がいい」という配慮が長期的にはほぼ常に裏目に出ます。隠された情報は、後に発覚したとき「二度目の裏切り」として経験されるためです。ただし、どの程度の詳細を開示するかは慎重に検討すべきであり、性的な行為の逐一の詳細は、裏切られた側の侵入的イメージ(トラウマ的フラッシュバックに近い映像的再体験)を強化するリスクがあります。

責任の引き受け。「あなたにも原因があった」「関係が冷え切っていたから」──このような責任の分散は、第1フェーズでは行ってはならない。それは第2フェーズ以降の課題です。第1フェーズでは、裏切った行為そのものの責任を、弁明なく引き受ける。「起きたことの原因が何であれ、この行為を選んだのは自分だ」と。

相手の感情への忍耐。裏切られた側は、怒り、悲しみ、嫌悪、不安、恥──これらの感情を繰り返し、しかも予測不能なタイミングで経験します。「もう何週間も前の話だろう」「いつまで怒っているんだ」──こうした反応は、裏切られた側の感情の正当性を否定し、回復を阻害します。ゴットマンは、このフェーズに最短でも数ヶ月が必要としています。

第2フェーズ:Attunement(同調)

第2フェーズは、「なぜこれが起きたのか」を二人で理解するプロセスです。ここで初めて、関係の歴史的な文脈が検討されます。

ゴットマンはAttunementを頭文字で展開しています──

Awareness(気づき)──相手の感情の存在を認識する。Tolerance(受容)──相手の視点が自分と異なっていても、その存在を受け入れる。Turning toward(応答)──相手の感情的な呼びかけに背を向けず、向き合う。Understanding(理解)──相手の内的世界を理解しようとする。Non-defensive responding(非防衛的応答)──「でも」「だって」で始まる反応を抑え、まず聞く。Empathy(共感)──相手の感情を頭で理解するだけでなく、感情的に響き合う。

このフェーズで重要なのは、裏切りの「原因」を探すことが「正当化」になってはならないという区別です。「セックスレスが3年続いていた」「感情的に無視されていると感じていた」──これらは裏切りが起きた文脈を理解するうえで重要ですが、裏切りという行為の選択を正当化するものではありません。文脈の理解と行為の正当化を峻別すること。これがAttunementフェーズの倫理的な基盤です。

また、このフェーズでは関係の「いまの質」が改善されなければなりません。裏切り以前の関係にも問題があったとすれば、その問題──コミュニケーションの不全、感情的断絶、性的なすれ違い──に取り組む必要があります。過去の関係に「戻る」のではなく、「新しい関係」をゼロから構築するという姿勢が求められる段階です。

第3フェーズ:Attachment(愛着の再構築)

第3フェーズは、新しい信頼の基盤の上に愛着を再構築するプロセスです。ここで初めて、身体的な親密さの回復も視野に入ってきます。

ゴットマン夫妻は、このフェーズで「裏切りの物語(Affair Story)」の共同構築を提唱しています。何が起きたのかについて、二人の間で共有された理解──誇張も矮小化もしない物語──をつくる。「あのとき、こういうことが起きた。それは私たちの関係のこういう文脈のなかで起きた。そしてその後、私たちはこういうプロセスを経てきた」。──この物語が二人の間で共有されることが、過去の出来事を過去のものとして位置づけ直すための装置になる。

このフェーズが達成されたとき、裏切りは「なかったこと」になるのではありません。「起きたことだが、それを経て私たちは新しい関係をつくった」という意味づけが可能になる。もちろん、これが到達できるかどうかは保証されません。

ペレルの視座──「2番目の結婚を同じ人と」

エステル・ペレルは、裏切りの後の回復について、ゴットマンとは異なる角度からの視点を提供しています。

ペレルの核心的な命題は、「裏切りのあとに元の関係に戻ることはできない。しかし、同じ人と新しい関係を始めることはできるかもしれない」というものです。

この視点は、「修復」という言葉自体に内在する問題を指摘しています。「修復」は「壊れたものを元に戻す」イメージを喚起しますが、ペレルによれば、裏切りの前の関係にはすでに問題があった可能性が高い。「元に戻す」のではなく、裏切りという危機を──皮肉にも──関係を根本から再定義する契機として使う

ペレルは臨床の現場で、裏切りの後にむしろ関係が深まったカップルの存在を報告しています。それは裏切りを肯定しているのではなく、危機が強制的に開けたドアから、それまで避けてきた対話に踏み込むことになった、という構造です。──「私は何を求めていたのか」「あなたは何を感じていたのか」「私たちの関係で何が語られないまま放置されてきたのか」。これらの問いが、平時には開かなかった。危機が、否応なく開けた。

もちろん、これは「裏切りが関係にとって良いことだ」ということでは断じてありません。ペレル自身が強調するように、成長の契機は裏切りの中にあるのではなく、裏切りの後の対話の中にある

修復が困難になる条件

すべての裏切りが修復可能なわけではありません。研究と臨床知見が示す「修復が困難になる条件」を整理します。

裏切りのパターン化。一度の裏切りと、繰り返される裏切りでは、回復の見通しが根本的に異なります。繰り返しは、「今回は本当に最後だ」という言明の信頼性を破壊する。Atonementフェーズの前提──「もうしない」という約束の信頼性──が成立しなくなるためです。

共感の欠如。裏切った側が、裏切られた側の痛みを真に理解できない、あるいは理解しようとしない場合。「そんなに怒ることか」「自分も辛かった」──自分の苦痛を先に主張し、相手の痛みに向き合わない。これはAttunementの前提を破壊します。

裏切り以前からの深刻な問題。身体的暴力、支配的関係、精神的虐待などがあった場合、裏切りは関係の一症状であり、関係構造そのものの問題です。この場合、「修復」よりも「離脱」のほうが安全である可能性が高い。

発覚経緯の問題。自白と露見では、回復のプロセスが異なります。自白──つまり裏切った側が自発的に告白した場合──は、少なくとも誠実さの片鱗が示されるため、Atonementの出発点になりえます。しかし、証拠を突きつけられてなお否認し、段階的に事実が発覚した場合、信頼の毀損はさらに深くなります。「嘘の上に嘘を重ねた」という構造は、言葉そのものの信頼性を破壊するためです。

裏切られた側に起きること──トラウマの反応として理解する

第6回でも触れましたが、ここでさらに掘り下げます。裏切りを知った直後の反応は、多くの場合心理的トラウマの反応と類似しています。

侵入的イメージ。パートナーと第三者が一緒にいる場面が、不随意的に脳裏に浮かぶ。これはPTSDの侵入症状と構造的に類似しており、意志でコントロールできるものではありません。「もう考えるな」と言われても考えてしまう。──裏切った側がこの反応を理解せず、「まだ考えているのか」と苛立つことが、回復を阻害する典型的なパターンです。

過覚醒。パートナーの行動に対する警戒が極度に高まる。スマートフォンの通知音に反応する。帰宅時間が少しでもずれると不安になる。──これは第7回で述べたSNS上の監視行動に似ていますが、裏切りの後では、この過覚醒は「根拠のない嫉妬」ではなく、実際に起きた裏切りに対する合理的な警戒反応です。

世界観の崩壊。「この人は私を裏切らない」という信念は、単に関係の信頼だけでなく、世界の予測可能性の一部でもありました。それが崩壊すると、「自分は人を見る目がない」「誰も信用できない」という一般化が起きやすくなる。──裏切りの影響が、その関係の中だけにとどまらず、人間関係全般への信頼に波及する。

これらの反応をトラウマの枠組みで理解することの意義は、「異常な出来事に対する正常な反応」として位置づけ直せることです。「こんなに動揺するのは自分が弱いから」ではない。深い信頼が壊されたとき、人間はこう反応するものだ、と。

時間の問題──「いつになったら元に戻るのか」

修復を試みるカップルがほぼ必ず直面するのが、時間の問題です。

裏切った側は「もう何ヶ月も経った」「自分はすでに変わった」と感じる。裏切られた側は「まだ数ヶ月しか経っていない」「まだ安全だと感じられない」と感じる。──この主観的な時間の速度差が、修復プロセスにおけるフラストレーションの大きな原因になります。

ゴットマンの臨床知見では、信頼の回復には1~3年のプロセスが想定されています。数ヶ月で「元通り」になることは、ほとんどの場合、回復ではなく回避──問題を直視することを諦めた状態──です。

ペレルもまた、回復のプロセスが非線形であることを強調しています。「良くなったと思ったら、また悪くなる」「3歩進んで2歩下がる」──この繰り返しが、年単位で続く。直線的な「改善グラフ」を期待すると、自然な後退を「失敗」と解釈してしまい、プロセス自体を断念するリスクがある。

「いつになったら元に戻るのか」──この問いに対するもっとも正確な答えは、「元には戻らない。新しいものが、ゆっくりと形成される──かもしれない」です。

「許し」とは何か──誤解を解く

修復の文脈で最も誤解されやすい概念が「許し」です。

「許し」は「忘れること」ではありません。「もう気にしていない」ということでもない。心理学的な研究が示す「許し」は、「相手に対する否定的な感情と動機(復讐、回避)が減少し、慈愛的・建設的な動機が増加する状態」として定義されます。記憶は残る。痛みの跡も残る。しかし、その痛みが行動と関係を支配し続ける状態から、痛みがあってもなお前に進むことを選べる状態へ移行する。

重要なのは、許しは裏切った側のために行うものではなく、裏切られた側自身のために行うものだということです。怒りと復讐への固執は、裏切られた側の精神的健康を継続的に損ないます。許しは──それが可能な場合──裏切られた側を怒りの牢獄から解放する行為です。

しかし、「許すべきだ」という圧力は有害です。許しのタイミングは個人によって大きく異なり、許せない場合も当然あります。「許せないのは自分が小さいから」ではなく、それだけ深い損傷を受けたということです。

修復を選ばないという選択

このシリーズは「愛と欲望のすれ違い」を扱っていますが、すべてのすれ違いが修復されるべきだとは考えていません。裏切りの後に関係を終了することは、しばしばもっとも健全な選択です。

特に、修復のプロセスに裏切った側が真にコミットしない場合──Atonementフェーズの要件を満たさない場合──、修復を試みること自体が裏切られた側をさらに傷つけるリスクがあります。「また裏切られた」という二次的トラウマは、最初の裏切りよりもダメージが大きいことがある。

また、子どもの存在や経済的依存が「離れられない理由」になっている場合、その関係にとどまることが本当に全員にとっての最善かは、慎重に検討する必要があります。「子どものためにいっしょにいる」という判断が、子どもにとってもよいかどうかは、関係の質に依存します。冷え切った関係、あるいは怒りと不信に満ちた関係のなかで育つことが、子どもにとって良い環境とは限りません。

このシリーズの文脈で──愛と欲望のすれ違いとしての「裏切り」

ここまでの回を振り返ると、裏切りは突発的な事件ではなく、このシリーズで扱ってきたさまざまなメカニズムの交差点に位置していることがわかります。

第3回で述べたペレルの「親密さのパラドックス」──近すぎると欲望が消える。第4回の「反応的欲求」と「欲求の不一致」──パートナー間で欲求の形態やタイミングが異なる。第5回の「認知的不協和」──「こんなはずではなかった」という思いとの闘い。第7回の「嫉妬」──監視と不安の悪循環。

これらのひとつひとつが、裏切りへの文脈を形成しうる。そしてその文脈の理解なしに、裏切りという行為だけを切り取って断罪しても、何も見えてこない。──もちろん、文脈の理解は行為の正当化とは別物ですが。

次回、最終回では、これら10回分の知見を統合し、「愛と欲望のすれ違い」をどう抱えて生きていくか──正解のない問いとの付き合い方を考えます。

嵐が過ぎた後の海辺、砂浜に流木が打ち上げられている、雲の切れ間から光が一筋差している、人物は写らない
嵐が過ぎた後の海辺、砂浜に流木が打ち上げられている、雲の切れ間から光が一筋差している、人物は写らない

今回のまとめ

  • 裏切りからの修復は義務ではない。修復しないことも完全に正当な選択である
  • ゴットマンの3Aモデル──Atonement(贖い:責任の引き受け、透明性の提供、相手の感情への忍耐)→Attunement(同調:なぜ起きたかの共同理解)→Attachment(愛着の再構築:共有された物語の形成)
  • ペレルの視座──「元の関係に戻ることはできないが、同じ人と新しい関係を始めることはできるかもしれない」
  • 修復困難な条件──パターン化、共感の欠如、裏切り以前の深刻な問題(暴力・支配)、段階的発覚による信頼の多重毀損
  • 裏切られた側の反応(侵入的イメージ、過覚醒、世界観の崩壊)はトラウマ反応として理解すべき──「異常な出来事に対する正常な反応」
  • 信頼回復には1〜3年のプロセスが必要──主観的な時間速度の差がフラストレーションの原因になる
  • 「許し」は「忘れること」ではなく、痛みがあってもなお前に進むことを選べる状態。許しは義務ではない
  • 裏切りは、このシリーズで扱ってきた愛と欲望のメカニズムの交差点に位置する──文脈の理解は行為の正当化とは別物

シリーズ

「好きなのに抱きたいわけじゃない、抱きたいのに好きなわけじゃない」── 愛と性欲のすれ違い10話

第9回 / 全10本

第1回

愛と性欲は別の回路で動いている──ヘレン・フィッシャーの3システム理論から

愛しているのに性欲が湧かない。性的に惹かれるのに恋愛感情はない。この矛盾は異常ではなく、脳の設計そのものに由来する。3つの独立したシステムから、愛と欲望のすれ違いを読み解く第1回。

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第2回

「好き」の正体──惹かれるとはどういうことか

恋に落ちるとき、脳では何が起きているのか。報酬と不確実性が欲望を加速させるメカニズムから、「好き」の正体を読み解く。

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第3回

長く一緒にいると欲望が変わるのはなぜか──親密さと欲望のパラドクス

安心できる関係ほど、欲望が遠ざかる。この逆説は、個人の問題ではなく構造の問題だ。ペレルのパラドクスとバウマイスターの性欲の可塑性から、長期関係の欲望の変化を読み解く。

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第4回

欲望が湧かないのは愛が冷めたからなのか──「反応的欲求」という概念

自発的に欲しくならない──それは異常ではない。バッソンの円環モデルが示す「反応的欲求」という別の経路。

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第5回

なぜ禁じられた相手に惹かれるのか──背徳と報酬系の心理学

禁じられているからこそ惹かれる──その構造を善悪の彼岸から見つめる。

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第6回

浮気はなぜ起こるのか──3つの経路と裏切り外傷

欠乏型、自己探索型、存在論的逃避型──浮気の3つの経路と、裏切られた側に生じる外傷の構造。

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第7回

嫉妬の心理学──独占欲は愛の証拠か

嫉妬を「愛情の深さ」と読み替えることで、何が見えなくなるのかを心理学から考える。

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第8回

「体の相性」は本当にあるのか──性的コミュニケーションの科学

「相性」は所与のものではなく、対話と調整によって変わりうる──性的コミュニケーション研究が示す別の視点。

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第9回

浮気のあとの関係は修復できるのか──ゴットマン・アトーンメントモデル

修復は可能かもしれないし、不可能かもしれない。その判断のための構造を、ゴットマンとペレルの臨床知見から整理する。

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第10回

愛と欲望をどう一緒に生きていくか──「正解のない問い」との付き合い方

正解のない問いを、正解がないまま抱えて暮らす。愛と欲望のすれ違いのシリーズ最終回。

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