朝、目が覚めた瞬間に、思う。
──ああ、今日もここにいるのか。
布団の中で、天井を見る。何かが変わった気配はない。昨日と同じ部屋。同じ天井。同じ状況。出かける準備をして、同じ場所に向かい、同じ役割を果たし、同じ帰り道を歩く。特別に辛いことが起きているわけではないかもしれない。暴力を振るわれているわけでも、明日食べるものに困っているわけでもないかもしれない。
それでも、胸のどこかに、重い塊がある。
ここから出たい。でも、出られない。
この感覚を、心理学では entrapment(閉じ込め) と呼ぶ。
entrapment──「囚われた逃走」という概念
entrapment は、日常会話で使う「行き詰まった感じ」とは少し違う。臨床心理学の文脈では、特定の構造を持った心理状態として研究されている。
その構造を最も明確に記述したのが、Paul Gilbert と Steven Allan(1998)の entrapment theory だ。彼らは、entrapment を次のように定義している。
「逃げたいという強い動機があるにもかかわらず、逃げることができない、あるいは逃げることが許されないと知覚している状態」
ここで重要なのは、「逃げたいという動機」と「逃げられないという知覚」の両方 が同時に存在していることだ。
片方だけなら、人はそれなりに対処できる。そもそも逃げたいと思わないなら、現状への不満はあっても閉塞感はない。逃げたいと思っていて実際に逃げられるなら、苦しくても出口がある。しかし、逃げたいのに逃げられない ──この二つが同時に成立したとき、人の心にかかる負荷は質的に変わる。
Gilbert と Allan は、このプロセスに先行する段階として defeat(打ち負かされ感) を置いている。何かに打ち負かされた──状況に、環境に、相手に、制度に──という感覚が先に来る。その次に、「打ち負かされた状態から逃れたいのに逃れられない」という entrapment が来る。そして、defeat → entrapment の経路が慢性化したとき、うつ、絶望、そして最も深刻な場合には自殺念慮 への扉が開く。
O'Connor(2011)の Integrated Motivational-Volitional Model(IMV モデル)は、この経路をさらに精緻化した。IMV モデルでは、entrapment は自殺念慮に至るもっとも強力な媒介変数 のひとつとして位置づけられている。つまり、entrapment そのものが直接的に自殺を引き起こすのではないが、自殺念慮への扉を開く「鍵」の役割を果たす ことが、繰り返し実証されている。
ただし、ここで急いで補足しておきたい。entrapment を感じている人がすべて自殺を考えるわけではない。entrapment の研究が自殺研究と深く結びついているのは事実だが、このシリーズは「閉じ込められた感覚」を日常レベルで感じている人のためのもの だ。自殺念慮にまで至っていなくても、entrapment は十分に苦しい。その苦しさには名前があり、構造がある──まずはそのことを確認したい。
周囲を高い塀で囲まれた小さな中庭、空だけが見えている、地面には枯れ葉が溜まっている、塀の一角に錆びた小さな扉があるが閉じている、人物は写らない、静かで圧迫感のある空気
arrested flight──逃げたいのに逃げられない動物
entrapment の概念をもう少し直感的に理解するために、動物行動学の知見を借りたい。
Williams(2001)は、自殺を理解するための枠組みとして Cry of Pain モデル を提唱した。このモデルの核にあるのは、arrested flight(囚われた逃走) という概念だ。
動物が脅威に直面したとき、最初に起きるのは闘争か逃走(fight or flight)だ。しかし、闘っても勝てず、逃げることもできない状況 に置かれたとき、動物は第三の反応を示す。凍結(freeze)だ。体を硬直させ、動きを止め、あたかも死んだかのように振る舞う。
これは「諦め」ではない。逃走プログラムが発動しているのに、実行できない状態 だ。脳は「逃げろ」と命じている。しかし体は動けない──あるいは、動いたところで逃げ場がない。この状態が arrested flight であり、Williams はこれを人間の心理的苦痛に当てはめた。
重要なのは、arrested flight における苦痛が、単に脅威にさらされている苦痛とは質的に異なる ことだ。脅威にさらされていても逃げ道が見えているなら、人は恐怖を感じながらも行動できる。しかし、脅威にさらされながら逃げ道が見えないとき、人は恐怖とは別の種類の苦痛 ──無力感、絶望、自分が状況に飲み込まれる感覚──を経験する。
あなたが感じている「ここから出たい、でも出られない」は、この arrested flight に近い状態かもしれない。体は「逃げたい」と言っている。頭も「ここにいるのは辛い」と知っている。しかし、状況が──経済が、責任が、関係が、制度が──出口を塞いでいる。逃走プログラムは作動しているのに、実行できない。この不一致が、あの重い疲労感、あの「朝が来るのが怖い」の正体かもしれない。
Williams のモデルが特に重要なのは、「逃げ道があるという認知(rescue)」が苦痛を緩和する最大の緩衝材になる と指摘した点だ。逃げ道が見えているだけで、今この瞬間の苦痛は和らぐ。逆に、逃げ道がないという認知──それが客観的に正しいかどうかに関わらず──は、苦痛を急激に増幅させる。entrapment の核にあるのは、この「逃げ道の不在」の知覚だ。
研究の蓄積は、Cry of Pain モデルの主要な予測を支持している。Rasmussen et al.(2010)のメタ分析は、entrapment が自殺念慮の有意な予測因子であることを確認した。しかし繰り返しになるが、entrapment を感じることと自殺を考えることは同義ではない。entrapment は広いスペクトルを持つ。日常の閉塞感から、臨床的な危機まで。このシリーズが扱うのはそのスペクトル全体であり、「あなたの苦しさには構造がある」ことを見せることが目的だ。
internal entrapment と external entrapment
Gilbert & Allan は、entrapment を二つに分類している。
external entrapment(外的閉じ込め) ── 状況・環境・人間関係など、外部の条件によって逃げられない。介護をしている。経済的に離れられない。住む場所を変えられない。仕事を辞められない。これらは「外」にある壁だ。
internal entrapment(内的閉じ込め) ── 自分の思考、感情、身体感覚から逃げられない。侵入的な思考が止まらない。不安が消えない。体の痛みから逃れられない。「自分が自分であること」自体が重荷になっている。これは「内」にある壁だ。
多くの場合、この二つは同時に起きている 。外的な閉じ込め(逃げられない状況)が長期化すると、内的な閉じ込め(自分の思考や感情から逃げられない)が強まる。慢性的な不安、反芻的な思考、「どうせ何をしても変わらない」という無力感──これらは external entrapment の副産物として生まれ、internal entrapment を形成する。
そして internal entrapment が強まると、external entrapment を解消するための行動力がさらに削がれる 。外の壁が内の壁を作り、内の壁が外の壁を越える力を奪う──このダブルバインドが、entrapment の最も苦しい核だ。
「動けない」と「閉じ込め」は何が違うのか
このシリーズを読んでいる人の中には、§4-10「変わりたいのに動けない」シリーズを思い出す人がいるかもしれない。どちらも「身動きが取れない」感覚を扱っているが、構造が異なる。
§4-10 は、内的葛藤による停滞 を扱った。変わりたい気持ちと変わりたくない気持ちの拮抗、新しい一歩への不安、失敗への恐れ──これらが行動を阻む壁になっている。壁は「自分の中」にある。環境には出口が存在するが、自分がそこに向かえない。
本シリーズは、出口そのものが塞がれている状況 を扱う。壁は「自分の外」にある。介護の責任、経済的な制約、子どもの養育、就労の条件、住む場所の制約──これらは意志の強さで突破できるものではない。もちろん、前述のとおり external と internal の閉じ込めは重なることが多い。しかし出発点が違う。
この区別が重要なのは、対処の方向が異なるから だ。内的葛藤による停滞には、「小さな一歩を踏み出す」ことが助けになることがある。しかし、構造的に出口が塞がれている状況で「一歩を踏み出しましょう」と言うことは──前述のとおり──助けにならないばかりか、当事者をさらに追い詰める。
structurally trapped(構造的に閉じ込められている)人に必要なのは、「動きましょう」ではなく、「あなたが動けないのには構造的な理由がある」という認識 だ。その認識があった上で、「その構造の中でどうやって自分を保つか」を考える。順番が大事だ。
あなたの entrapment は、あなたのせいではない
ここで一度、立ち止まりたい。
entrapment の研究は、閉じ込められた感覚が状況の構造から生まれるもの であることを一貫して示している。これは「気の持ちよう」の問題ではない。「考え方を変えれば楽になる」レベルの問題でもない。
もちろん、認知のパターンが閉塞感を強めることはある──これは第8回で扱う。しかし、認知のパターンが原因で閉じ込められているわけではない 。状況が出口を塞いでいる。その状況の中で認知が狭窄する。この順番を逆にしてはいけない。
「逃げられないのは自分が弱いからだ」と思っている人がいるなら、ひとつだけ伝えたい。
逃げられない状況の中で踏みとどまっていること自体が、途方もない負荷を引き受けていることだ。その負荷は、外から見えにくい。本人にすら見えにくいことがある。なぜなら、「毎日が同じように過ぎていく」ように見えるからだ。劇的な出来事がない。ただ、出口のない日々が続いている。
しかし、出口のない状況に耐え続けることは──それ自体が──消耗だ。arrested flight の状態にある動物が、じっとしているだけで体力を消耗し続けるのと同じように、「何も変わらない日々」を生きること自体が、あなたのエネルギーを静かに削り続けている 。
このシリーズでは、次回以降、閉じ込めの構造をさらに分解していく。第2回では「選択肢が狭まる構造」──なぜ出口が見えなくなるのか──を、defeat(打ち負かされ感)と学習性無力感の観点から掘り下げる。第3回では「体に何が起きているか」──閉じ込めが神経系に残す影響──をポリヴェーガル理論の視点から見ていく。
構造が見えたからといって、状況がすぐに変わるわけではない。しかし、「自分に起きていることに名前がある」 と知ること自体が、認知の狭窄に対する最初の楔になりうる。少なくとも、「自分がおかしい」のではなく、「状況がおかしい」──あるいは、「状況と自分の間に、特定の構造が働いている」──と理解することは、自分を責め続けることへのひとつのブレーキになる。
「閉じ込め」の射程──誰に起きうるのか
ここまで読んで、「でも自分の状況は"閉じ込め"というほどではない」と思った人がいるかもしれない。あるいは逆に、「これはまさに自分のことだ」と感じた人もいるだろう。
entrapment という概念の重要な特徴は、特定の状況だけを指すのではない ことだ。介護、経済的制約、子どもの養育責任、就労ビザによる雇用主への拘束、持ち家のローン、地方で唯一の仕事──これらはすべて、出口を塞ぐ構造になりうる。そして多くの場合、これらは複数が同時に重なっている。
Gilbert & Allan(1998)の研究では、entrapment は客観的な状況だけでなく、「逃げられない」という主観的な知覚 によって定義される。つまり、外から見て「選択肢があるように見える」状況であっても、当事者がそれを実行可能な選択肢として知覚できない場合、entrapment は成立する。この区別は重要だ。なぜなら、「選択肢があるのに動かない」という外からの評価が、当事者をさらに追い詰める構造があるからだ。
もうひとつ確認しておきたい。entrapment は「甘え」ではない。「贅沢な悩み」でもない。研究が一貫して示しているのは、閉じ込められた感覚はうつ病、不安障害、自殺念慮の最も強力な予測因子のひとつである ということだ(O'Connor et al., 2013; Griffiths et al., 2014)。これは「気の持ちよう」で解消できるレベルの話ではない。
このシリーズでは、特定の状況を想定した解決策を提示することはしない。代わりに、閉じ込められた感覚の構造 を見せる。構造が見えたからといって状況がすぐに変わるわけではない。しかし、「自分に何が起きているか」を理解することは、認知の狭窄──出口が見えなくなる状態──に対する最初の足場になりうる。
「逃げればいい」はなぜ暴力になるか
閉じ込められた感覚を抱えている人が最も傷つく言葉のひとつが、「逃げればいいのに」だ。
この言葉は善意から出ていることが多い。言う側は本当に「逃げれば楽になる」と思っている。しかし、この言葉には二重の暴力がある。
第一に、「逃げる」という選択肢が実行可能であるという前提 が含まれている。前述のとおり、entrapment の中心にいる人にとって、逃げることは構造的に阻まれている。「逃げればいい」は「なぜ逃げないのか」と同義であり、それは「逃げない(逃げられない)あなたに問題がある」を暗に含む。
第二に、閉じ込めの中で耐えてきた時間を否定する 構造がある。「逃げればいい」は、ここに留まっている間の苦痛と努力を「無駄だった」と切り捨てる。閉じ込められた人は多くの場合、その状況の中で最善を尽くしてきた。逃げないことが最善だった──あるいは逃げないことしかできなかった──その事実を、外からの一言で否定されることの痛みは深い。
このシリーズでは、「逃げましょう」とは言わない。「逃げなくていい」とも言わない。代わりに、「逃げられない」構造を理解したうえで、その中でどう自分を保つか を探っていく。
周囲を高い塀で囲まれた小さな中庭、空だけが見えている、地面には枯れ葉が溜まっている、塀の一角に錆びた小さな扉があるが閉じている、人物は写らない、静かで圧迫感のある空気
今回のまとめ
「ここから出たい、でも出られない」── この感覚を心理学では entrapment(閉じ込め) と呼ぶ
entrapment とは、逃げたいという動機と、逃げられないという知覚が同時に存在する状態
Gilbert & Allan(1998)の理論では、defeat(打ち負かされ感)→ entrapment → うつ・自殺念慮 の経路が示されている
Williams(2001)の Cry of Pain モデルでは、entrapment を arrested flight(囚われた逃走) ──逃走プログラムが発動しているのに実行できない状態──として記述している
entrapment には external(外的)と internal(内的) の二種類があり、多くの場合は同時に起きている
§4-10「動けない」が内的葛藤による停滞を扱うのに対し、本シリーズは出口そのものが構造的に塞がれている状況 を扱う
閉じ込められた感覚は「気の持ちよう」ではなく、状況の構造から生まれるもの
次回 → 「逃げられないのは弱いからではない ── 選択肢が狭まる構造」
この記事を読んで辛さが増したとき、または「もう限界だ」と感じたときは
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いのちの電話 : 0120-783-556(毎日16時〜21時/毎月10日は8時〜翌8時)
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